翡翠フライング小話ラスト。
玉依姫の守護者だからといって。
決して恋をしてはいけない、なんてことはないのだ。
そうでなければ代々の守護家の血を受け継いでゆくことなどは出来ないのだから。
だから決して玉依姫と守護者という立場以上のものを彼に求めてはいけないのと気づいたから、晶が私の守護者となった時、きちんとした線引きをしようと心に決めた。
昨日までは確かに小さい頃からの幼馴染だった晶を、守護者として接するのは結構辛いものがあったのだけれど、それが使命の為に必要なのだと説かれれば、私はもう従うしかなかった。
「…で?俺にこんなもの渡してどうしようってんだ?」
あまりいい顔はしないんだろうな、とは予想がついていたがまさかここまで不機嫌になってしまうとは思ってもみなかった珠洲は内心どうしたものかとあわてふためいていた。
決して自分は器用なほうではない。手先の事もだけれど、とくかく嘘をついたり誤魔化したりするのが苦手なのだ。
素直だからといえば聞こえがいいが、単にいつまでたっても落ち着きというものが身についていないだけなのだけれども。
けれどどう見ても目の前の幼馴染はそれで許してくれそうもないようだ。
じろっと睨むようにこちらを見据えている。
「いや、あの、だからね?昼休みに他のクラスの女の子がこれを晶に渡して欲しいって頼みにきたから…」
「それで?お前は馬鹿なくらいお人よしだから、ほいほいと安請け合いしたってわけか」
随分と棘の有る言い方にさすがの珠洲もむっときた。
「なによ!可哀相な位泣きそうな顔して必死にお願いされたら誰だって断れるわけないじゃない!」
「…俺は断れる。ていうか断ってる」
「は?何を」
「うるさい」
「……晶の冷血漢」
「あ?おい、なんか言ったか!?」
「別に~、何にも言ってないですよ。空耳じゃないの」
いけない。自分まで晶のペースに乗ってしまっては収集がつかないではないか。
どうもこの幼馴染の前ではついムキになってしまうきらいがあるらしく。
普段はおっとりしてるねと言われることの多い珠洲だが、晶と喧嘩した時だけはどうもいつも以上に饒舌になってしまっていけない。
どこかで止めなければ今日もまた話が有耶無耶な所で終わってしまって、預かり物を彼に渡す事が出来なくなってしまうだろう事は過去の体験から経験済みだ。
これ以上話せばこじれる事はあってもよい方向にいく事はないだろうと、さっさと見切りをつけた珠洲は「はい、これ!」と晶に件の手紙を押し付けると「ちゃんと渡したからね!」と言い添えて、逃げるが勝ちとばかりに身を翻し、逃げを決め込んだ。
こういうときは何を言っても相手には伝わらないんだという事を、付き合いの長さから身を以って知っている。
今は駄目でも、少し時間を置いて冷静に考えれば晶も納得するだろうし。
「だから、待て…っ」という晶の静止の声を無視して、彼を残し教室を去る。
だから、残してきた幼馴染がどんな顔をして、私が渡した手紙を握り締めていたのか、知りようもなかった。
「……お前にとってあの時間はもうなかったことになってるのかよ」
心の叫びのような呟きは、決して伝えたい相手に伝わる事はなく。ただただ走り去ってしまったその場所を見つめる事しか出来なかった。
初めから分かりきっていたことじゃないか、と自嘲して、けれど実際にそれを目の当たりにする事がこんなにも辛いとは思っていなかった自分が情けない。
お題は「確かに恋だった」様よりお借りしました。
彼女の長いセリフ5題より、
「2.はじめから分かりきってたことじゃないですか」
重森→←珠洲。
ちまちまと発売前に書いていた代物なので、口調とか全然違いますがご勘弁を。
珍しくお題達成出来て嬉しい。
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